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中野さんの研究成果がここに!!



〜 ポリアンチモン酸の合成と反応 〜


5)総括

 今回の研究において初めてポリアンチモン酸イオンを単離し構造を明らかにすることが出来た。そこで今回得られた主な結果をまとめてみる。

1)ポリアンチモン酸塩の再現性のある合成及び結晶化条件を確立する事が出来た。単離に成功したポリアンチモン酸イオンはSb8O12(OH)204-であった。過去のポリアンチモン酸イオンの研究でこのようなオクタマーアニオンの存在は報告されておらず。その意味からも全く新しい化合物である。今後、この化合物を出発原料として様々なポリアンチモン酸イオンが合成されると期待できる。

2)このアニオンはこれまでの遷移金属ポリ酸イオンには見られなかったルチル構造をしていた。ポリ酸イオンに限らず、ルチルフラグメントな化合物はこれまで例がなく、構造面からみても非常に面白い結果が得られた。またルチル構造を持つ金属酸化物は実際触媒として数々用いられている。従って、このアニオンはそのような化合物のモデル化合物としても有効であると思われ、今後の応用研究の結果が期待される。

3)このアニオンのSbO6八面体において、酸素の配位数に関係なくアンチモンー酸素結合距離は1.92−2.11≠ナあった。つまりSbO6八面体は遷移金属ポリ酸イオンのMO6八面体に比べて結合距離による歪みがかなり少ない。また、稜共有している O−Sb−O 結合角の角度は平均78.02。であり、すべての O−Sb−O 角の平均よりも約10。 小さい。また、この対角の O−Sb−O 角は平均96.49。 と大きくゆがむ傾向が見られた。これの原因としてはアンチモンーアンチモン同士の反発が考えられる。また、結合距離と同様に結合角も遷移金属ポリ酸イオンと比べてかなり歪みが小さい。従ってSbO6はほぼ正八面体に近い構造をしているといえる。
 実際、遷移金属のMO6八面体はかなり歪む傾向にあるのに対し、典型元素のMO6八面体はほぼ正八面体に近い構造をとる。

4)このアニオンのSbO6八面体の末端酸素はすべてプロトン化していた。またこのプロトンは非プロトン性溶媒中ではNMRで観測可能なほど交換反応が遅いことが明らかとなった。ポリ酸イオンにおいてこのようなプロトンは普通観測されないので、非常に面白い現象である。

5)TBA4Sb8O12(OH)20はアセトニトリル、ジクロロエタン、ニトロメタンといった非プロトン性極性溶媒に可溶である。そのため新しいポリアンチモン酸イオンの合成研究においてこの化合物を出発物質とすることが可能である。またこの化合物は酸1等量及び塩基3等量と反応して新しいポリアンチモン酸イオンを形成することがわかった。 

3) 及び 4) はポリアンチモン酸イオンの安定性に密接な関係があると考えられる。モリブデンやタングステン等の遷移金属ポリ酸イオンの場合、MO6八面体の中心金属と末端酸素は強いpp-dp結合を形成している。これは金属−末端酸素間の結合距離が金属−架橋酸素間の結合距離に比べてかなり短いことからも明らかである。従って、末端酸素のベーシシティはかなり低くなっている。そのため、プロトン化や更なる縮合が起きにくい。これがモリブデンやタングステンの discrete なポリ酸イオンが安定に存在する一つの理由であると考えられている。言い替えれば、MO6八面体の歪みはポリ酸イオンが安定に存在する条件であるといえる。
 しかし、今回単離したポリアンチモン酸イオンのSbO6八面体はほぼ正八面体とみなせるほど歪みが少ない。これはモリブデン (Mo6+) やタングステン (W6+) の場合、これらの原子の空のd軌道には酸素のpp電子が近づき易い、つまり酸素のpp電子の良い受容体であるが、アンチモン (Sb5+) は異なり、酸素と強いpp-dp結合を形成しないからである。そのため、SbO6八面体の末端酸素のベーシシティが高くなり、アンチモンのポリ酸イオンは無限のチェーン構造をとる傾向が強いと考える事ができ、実際にそのような化合物が報告されている21)。
 今回得られたポリアンチモン酸イオンは末端酸素全てがプロトン化していた。つまり、ベーシシティが高く不安定な末端酸素がプロトン化したことに依って discrete なポリアンチモン酸イオンが単離出来たと考えられる。また、非プロトン性溶媒中ではこのプロトンはNMRで観測できたが、重メタノール中では観測出来なかった。従って、プロトン性溶媒中ではかなりlabileであると考えられる。水溶液系ではポリアンチモン酸イオンはかなり複雑な平衡をもちかつかなりlabileであるために、過去の研究でポリアンチモン酸塩の結晶化に成功しなかったと考えるのはどうだろうか。
 また、今回のポリアンチモン酸塩の単離の方法は他の典型元素のポリ酸イオンの単離に応用できる可能性があると考える。アンチモン(V)の他にゲルマニウム(IV)、テルル(VI)やヨウ素(VII)といった典型元素がポリ酸イオンを形成する可能性のある元素と考えられている。これらはすべてMO6八面体を形成するのに適したイオン半径を持っている。そのため、以前からこれらのポリ酸イオンの研究がなされていた。しかし、アンチモンと同様にこれまで単離されたことはない。それはやはり典型元素は遷移金属元素に比べて酸素のpp電子の受容性が劣っているからと考えられる。しかし、特にゲルマニウムに関しては水溶液系でGe8O16(H2O)5(OH)3 3-といったポリ酸イオンの存在が報告されている。今回と同様に有機溶媒系での単離の研究も面白いと思われる。
 本研究においては、ポリアンチモン酸の化学の解明の糸口を掴むことが出来た。この研究をきっかけに、ポリアンチモン酸イオンの化学の解明の研究が活発になるとともに、アンチモン以外のこれまで単離された事のない典型元素のポリ酸イオンの化学の研究が発展することを期待したい。

目次  序論  実験  構造解析及びスペクトル測定結果   ポリアンチモン酸イオンの反応性の研究  
総括  謝辞  参考文献   付表

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