図書館

中野さんの研究成果がここに!!



〜 ポリアンチモン酸の合成と反応 〜


3)X線構造解析及び 1H NMR, IRスペクトル測定結果

3ー1)X線結晶構造解析

3ー1ー1)ポリアンチモン酸イオンの構造

 H[Sb(OH)6] : TBAOH = 2 : 1 で得られた粗製物の結晶化に成功し、またX線結晶構造解析に適した結晶が得られたので姫路工業大学の小澤芳樹博士に構造解析を依頼した。構造解析の結果、この結晶はTBA4Sb8O12(OH)20 ゚5CHCl3というポリアンチモン酸塩を形成していることが明らかとなった。まず最初にアニオンSb8O12(OH)204-の構造をORTEP図 (図4)、八面体モデル (図5)で示す。
 このアニオン中の酸素は次の3種類に分類することが出来る。

 Oa : 3個のアンチモンに配位している酸素(三重架橋酸素)   
    O1, O1', O3, O3'の4個
 
 Ob : 2個のアンチモンに配位している酸素(二重架橋酸素)
   O2, O2', O4 - O6, O4' - O6'の8個  

Oc : 1個のアンチモンに配位している酸素(末端酸素)
   O7 - O16, O7' - O16'の20個

 このポリアンチモン酸イオンでは8個のアンチモンが4個の三重架橋酸素 (Oa) と8個の二重架橋酸素 (Ob) を介して結合している。また、20個の末端酸素 (Oc) がそれぞれのアンチモンに2個あるいは3個結合して、全体としてSb8O32骨格を形成している。八面体モデルを見ると、まずこのアニオンはSbO6八面体が2個稜共有してSb2O10サブユニットを形成している、それらがおのおの90度の結合角を成すように頂点を共有し、更に Ci 対称を形成するように結合してSb8O32骨格を形成している。この構造は酸化チタンTiO2などの金属酸化物に見られるルチル構造 (図6) の一部分を取りだした形、つまりルチル構造の断片とみなすことができる15)。ポリ酸イオンは金属酸化物の断片とみなされるので、このアニオンはルチル構造のポリ酸イオンであるといえる。ルチル構造を持つポリ酸イオンはこの例が初めてである。
 また、このアニオン中のSbO6八面体はそれに含まれる Oa, Ob, Oc の数の違いから次の4種類に分類出来る。Sb1、Sb2・・・はORTEP図におけるアンチモンの番号に対応している。
   
    Sb1O6 : Sb−Oa 1個 Sb−Ob 3個 Sb−Oc 2個
Sb2O6 : Sb−Oa 1個 Sb−Ob 2個 Sb−Oc 3個
Sb3O6 : Sb−Oa 2個 Sb−Ob 1個 Sb−Oc 3個
Sb4O6 : Sb−Oa 2個 Sb−Ob 2個 Sb−Oc 2個

特徴的なことは末端酸素を3個含むSbO6八面体が存在することである。遷移金属ポリ酸イオンのMO6八面体ではこれまで例がない。またアンチモン−酸素結合距離を表1に示す。結合距離
範囲は1.92−2.11=A平均結合距離は1.96≠ナある。表1から、アンチモン−酸素間の結合距離は
SbO6八面体の種類の相違にはほとんど関係していないと考えられる。結合距離で特徴的なことは、アンチモン−酸素間の結合距離は酸素の配位数に依存していないということである。これまでの遷移金属ポリ酸イオンの場合では酸素の配位数が多いほど金属ー酸素間の結合距離が長

11くなるという傾向が顕著に見られる。つまり、M−Oc < M−Ob < M−Oa である。また遷移金属ポリ酸イオンにおける金属−酸素間の最大結合距離ー最小結合距離の差は0.5£度ある16)。Sb8O12(OH)204-におけるアンチモン−酸素間の最大結合距離−最小結合距離の差は0.19≠ナある。従って、結合距離による歪みが、SbO6八面体はMO6八面体に比べて非常に少ないといえる。また、結合角を表2に示す。結合角範囲は77.88−97.73。, 平均89.92。 である。ここで特徴的な事はSb2O10サブユニット中の稜共有に関係している酸素によってできるOa−Sb−Obの結合角である。この角度は他のO−Sb−O結合角よりも約10。 も小さい。そしてその対角の角度が平均より5−8。 大きくなっている。しかし、この傾向は遷移金属ポリ酸イオンにおけるO−M−O結合角にも見られる。ただ、その範囲は更に広い。従ってSbO6八面体SbO6八面体は遷移金属MO6八面体に比べて歪みがかなり少ないと言える。つまりSbO6は結合距離、結合角の両面から考えても理想的な八面体に近い構造をとっていることを示している。
 構造解析の結果プロトンは直接見いだされなかったが、アンチモンー酸素結合距離より、(OH)20と示されているように、末端酸素すべてがプロトン化していると考えられる。これまで構造解析されているSbO6八面体構造を持つNaSb(OH)6 ではSb-OH 結合距離は1.97−2.00? (平均1.98?)であり17)、Na2[CH3Sb(OH)3O]2 におけるSb-OH 結合距離は2.00−2.06? (平均2.02?) である18)。Sb8O12(OH)204-のアンチモン−末端酸素間の平均結合距離は1.96≠ナある。この値から末端酸素はプロトン化していると考えることが出来る。また、もし末端酸素がプロトン化していないとすればアンチモン−末端酸素結合は二重結合を形成していることになる。しかし、このようなSb = O 結合はこれまで例がなく、またその存在も疑問視されている19)。また、Sb = O 結合が存在するとすれば、その結合距離は1.69? であると推定される20)。従って、結合距離から末端酸素がプロトン化しているという判断は妥当であると考える。また元素分析値もこの結果に合致している。

3ー2)1H NMRスペクトル 
 TBA4Sb8O12(OH)20 結晶の1H NMRスペクトルを図7に示す。(CD3SOCD3 , TMS): d 8.32 (s, CHCl3), 7.24 (s, 2H), 4.82 (s, 2H), 3.79 (s, 2H), 3.70 (s, 2H), 3.41 (s, 2H), 3.19 (s,2H), 3.18 (m, 32H), 3.11 (s, 2H), 3.06 (s, 2H), 2.84 (s, 2H), 2.82 (s,2H), 1.57 (m,32H), 1.32 (m,32H), 0.94 (t,48H).
結晶を真空乾燥させずに測定するとCHCl3のプロトンによるピークが現れるが (8.32ppm) 、真空乾燥した後測定するとそのピークは消滅する。従って、結晶中のクロロホルムは真空乾燥によって容易に失われることがわかる。また、TBAカチオンのプロトンのピーク以外に積分強度のほぼ等しい10本のピークが現れた (粗製物では現れない)。これは末端酸素に結合しているプロトンに起因すると考えられる。これはSb8O12(OH)204-がCi 対称をもつということと矛盾しない。つまり、1H NMRスペクトルからも末端酸素がプロトン化しているという証拠を得ることが出来た。
 また、一般にポリ酸イオンの場合、このような MーOH 結合のプロトンと溶媒中のプロトンとの交換反応が早くNMRで観測される例は少ない。またNa2[CH3Sb(OH)3O]2 においてもOHのプロトンがNMRで観測されている18)。Sb−OH結合のプロトンは非プロトン溶媒中では交換反応が遅いようである。
 ポリアンチモン酸イオンの化学の研究を進めるには新規ポリアンチモン酸イオンの合成と並行してSb8O12(OH)204-の性質の解明を行うことも重要である。従ってこの交換反応速度を決定するのも興味ある研究の一つである。

3ー3)IRスペクトル

3ー3ー1)固相中のIRスペクトル
  IRスペクトルに関してはすでに図2に示した。IR ( KRS-5, 1000−400 cm-1 ) 968 (w), 942 (w), 882 (w), 784 (m), 708 (s), 594 (s), 540 (m), 456 (m)。ポリ酸イオンの研究において、IRは同一物質が生成しているかといった簡単なキャラクタライズの手段として有効である。本研究においても固相中のIRはそのような利用法に限定している。どの吸収がどの結合によるか、という詳しい帰属は行っていない。 
 しかしながら, 708, 594cm-1の強い吸収はアンチモンー酸素結合によると思われる。これ以外の可能性はほとんどない。従って、TBA4Sb8O12(OH)20 の同定にこの吸収を用いる事が可能である。また、Na2[CH3Sb(OH)3O]2 では780cm-1 (KBr) にSb−O−Sb結合の伸縮振動が現れている18)。従って784cm-1の吸収もアンチモン−酸素結合の吸収によると思われる。

3ー3ー2)溶液中のIRスペクトル
  TBA4Sb8O12(OH)20 のアセトニトリル中でのIRスペクトルを測定した。濃度は48mmol/lである。固相中のIRスペクトルでは3700−3200cm-1 付近のOHの伸縮振動による吸収はブロードになる。そこで、溶相でのIRスペクトルを測定すればOHの吸収が個々に現れないか、という考えの下でこの実験を行った。
 実際に測定した溶相中のIRスペクトルを図8に示す。残念ながら、3700−3200cm-1 付近のOHのピークは固相中と同様にブロードとなった。しかし強度から考えて、この吸収が水分子の
OHだけによるとは考えられない。従って、このスペクトルからポリアンチモン酸塩には明らかにOH基が存在していることが分かる。つまり、IRスペクトルも末端酸素がプロトン化しているという事実と合致している。
また、1000−400cm-1の金属ー酸素結合吸収帯では固相とほぼ同様の形状のスペクトルを示している。従って、このポリアンチモン酸イオンは溶液中でも固相中での構造を保っている可能性が高い。溶液中でのポリアンチモン酸イオンの完全なキャラクタライズは今後の課題である。

目次  序論  実験  構造解析及びスペクトル測定結果   ポリアンチモン酸イオンの反応性の研究  
総括  謝辞  参考文献   付表

図書館に戻る
町内に戻る