観光地 編
北京市内から、車で北上することおよそ40分。
山間部に、月からも見えるという万里の長城がありました。
「発達嶺登城口(もちろん、中国語で書かれてる)」って、駅の改札口を思わせる
入り口から入りました。
天候は、くもり時々雨ってところ。
途中霧雨が降ってきました。
城壁の上は、レンガって言うか、石畳み風だったので、濡れると滑りそう。
傾斜が結構あるんですわ。
もし行かれるのなら、絶対、運動靴がお奨め。
幸い、雨が小降りでそれほど地面も濡れていなかったので、事なきを得ました。
ただ、山頂(頂上は山の峰を結ぶ感じで作られてます。)付近は、
霧が濃くなって景色が見えなかったのが残念。
うーん、中国有数の観光地だけあって、観光客も多い。
途中、かなり急な階段があるのですが、
「ここで誰かこけたら、将棋倒しは、まぬがれんやろな」
って思いました。
あと、僕が感動したことは、城壁の幅がかなり広かったこと。
3〜4mは、あったような。(目測苦手なので、正確じゃないんですが)
結構、日本の城って、狭いじゃないですか。城壁とか。櫓とか。
なのに、城壁なのに3mもあるって。3mどころじゃないかな?もっとかも知れません。
騎馬民族から、国土を守るためにできたものなのだから、
極端な話、弓を放つ広さがあればいいと思んですが・・・。
城壁の上で、充分、白兵戦ができる広さなんですよ。
勉強不足で、よく知らないんですが、万里の長城での防衛に、
それほど、当時の中国人は力入れていたんだなぁってところに、感動しました。
テレビとかで中国って言うと、一番よく映るのがここでしょう。
とにかく広い。(笑)
まさに、広場でした。
観光客も多い。広いのに、多く感じるんですから、相当多いんでしょう。
たこ揚げしてる中国人が数人。
のどかでよかったです。
天安門の「中華人民共和国万歳 世界人民団結万歳」ってのに挟まれて飾られてる
ケ小平の顔、4mあるそうです。でかすぎ。(笑)
ところで、天安門広場ですごかったのが、天安門前の交通量。
高速道路でも平気で横断する中国人が、地下道に迂回するくらいひどい交通量でした。
とても危なくて、渡れたもんじゃありません。
広場でたこ揚げしてるのと、この危険な自動車。
のんびりした雰囲気と、殺伐とした雰囲気が同時にあるのが、天安門広場です。
(↑僕流の、天安門広場の定義。)
天安門をくぐって、故宮博物館へ。
岩をくりぬいて、そこに仏像を彫ったのがたくさんあるところです。
いくつかは、人民軍によって破壊されたり、外国軍(米軍など)に略奪されたそうです。
かなり精密に掘ってあって、すごいなぁって感心しました。
北魏の時代に彫られた物は、細目の仏像、
太めに彫られたのが、唐代にできた作品だそうです。
十何メートルの仏像から、数センチの仏像まで、ほんと数限りなくありました。
足場がないと、到底たどり着けないようなところにも、仏像の穴がありましたので、
当時の中国人の仏教に対する思い、相当なものだったんだと思います。
一体彫るのに、どれくらい金がかかったんだろうかな?って思いました。
国費によるものと、貴族がポケットマネーで作ったのがあるそうです。
ここは、物売りがすごかったです。
龍門石窟の敷地内(有料)にいた物売りが、敷地をでて、
さらにバスが待ってる地点、だいたい1km〜2kmくらいまで
ずーーーっと付いてくるんですよ。
「千円、千円」って。
これには、参りましたね。
断っても断っても、付いてくるんですから。
しつこい!!!
三国志の英雄、関羽雲長をまつったところ。
そもそも、関羽は三国志の最小国である蜀の臣の一人なので、
皇帝でもなければ、王でもありません。
なのに、現在の中国では神として奉られています。
その理由として、義に厚いとされる関羽を歴代王朝がその治世の安定のため、
家臣に関羽を手本とするように教育し、それが高まって神に祭り上げられた
ということらしいです。
また、一説には、騙し騙される商人の性分の中で、
信義を第一とする関羽にあこがれがあったからともされます。
(↑関羽は商いの神様ともされています。)
さて、関林堂自体のお話ですが、いくつかお堂がありまして、
それぞれにいろんな姿勢をとった関羽がいるわけです。
だいたい、3〜5メートルくらいでしょうか。(目測、自信なし)
中で印象に残ってるのが、関羽が正面向いてどーんって立ってるんですが、
その両脇に、「関平(向かって右)」「廖化(向かって左)」が立っていました。
「え?周倉は?」
って感じなのですが・・・。
中国人は、周倉がお嫌いなようで。(笑)(←僕の勝手な意見です。読み流して下さい。)
あと、おもしろかった?のが、関羽が曹操に客将として迎えられていたころ、
遠方にいる劉備に対して書いた手紙なんです。
絵の中に、さりげなく?文字を埋め込んで、曹操に気付かれずに
意志の疎通を図った、って言うんですが、露骨におかしいんですよ。
ま、ガイドも後世の人が作った物ですって言ってたけど・・・。
実物写真で取ってあるので、見たかったらおっしゃって下さいね。
全然、絵の中に紛れ込んでないんですよ。文字が。
注意深い曹操やったら、余裕で気付くやん!!ってところです。
ま、おもしろかったからいいんですが。(笑)
水戸黄門も全国を漫遊しなければ、時代劇にはなりませんもの。
作り話、結構。
由来その他、全く分かりません。
ガイドの説明も聞いてなかったもので・・・。
大日如来かなぁ?祀ってあったの。
阿弥陀如来?
あかん、素で忘れました。
ま、全体像としては日本のお寺と同じですね。(適当)
ただ、日本のお寺のご本尊様って、結構座ってますよね?
それが、中国のやつは立ち姿だったってところでしょうか。
ほんとこのお寺の印象は薄いんですが、外国人は多く来てらっしゃいました。
外国人って、変ですねぇ。中国では僕自身も外国人ですから・・・。
なんて言ったらいいか、西洋系の方々といいましょうか。
わかってか、わからずか、一生懸命ご覧になってました。
ま、観光地としてはメジャーなところなんでしょうね。
黄河でしたね。(感動)
ちょうど、雨期だったらしく水量の多い黄河が見られました。
川岸の黄色い砂が、水に削られてるところも見られましたし。
ほんと、泥水で「黄色い」っていうか、黄土色した河でした。
中流域なのに、川幅、相当広かったです。
2kmくらいかなぁ?(例によって、自信なし)
対岸が、かなり遠くに見えましたから。
イメージとしては、ほんと洪水してる川を思い浮かべていただければ。
流れの速さ、川の音とか、洪水中の川でした。
ただの公園です。
名前、えらそうでしょ?(笑)
洛陽は、後漢、魏、晋の都でしたから。やっぱ、その名残でしょう。
最近になって、作られたみたいです。(歴史性全くなし)
干支の銅像があったり、則天武后の銅像があったりってとこですね。
あんまり、書くことも見つかりません。
ただ、それこそ物売り連中が、進出していないので、
どっか外に出て、のんびりしたいって時は、ここがいいんじゃないでしょうか?
天気のいい日はおすすめですね。
西安は、街自体が城壁で囲まれています。
隋、唐の都だけあって、城壁も立派です。
ツアー旅行の特点で、城門の上に上がらせてもらえました。
これが、結構広いんですよ。ゆっくり回ると10分はかかりそう。
ここで、出陣の儀式とかしたんだろうなって思うと、しびれますね。(笑)
王が一段高いところ(日本でいう能舞台みたいなとこ)にたって、
諸将に、指令とか伝えてる姿が浮かんできました。
(↑勝手な想像なので、実際どういう事したとかわからないんですが・・・)
うーん、則天武后の別荘かな・・・?(興味なかったから)
なんか、庭園でした。皇帝の浴室とかがあって。
あと、戦時中の中国で蒋介石とその配下が司令部に使ってた場所とか。
あの辺の歴史、詳しくないので、よく知らないのですが。
共産党軍との共同戦線に乗り気でなかった蒋介石を、配下の将軍が、
説得した場所だそうです。その意味では、かなり歴史的な場所なんですが。
如何せん、興味がないもので。
そう、グラバー邸って感じ。長崎の。
唐突なイメージで申し訳ないんですが、まさにそう。
僕の中では、あそこは中国風グラバー邸です。(笑)
華清池全体より、小高いところに作られてますので。
グラバー邸も、山の中腹に作られてて、その意味でもイメージがだぶりました。
今回の旅のメインテーマの一つ。
遺跡の保存のために、写真撮影は禁止。
いかつい緑服着た警官が、にらみを利かせていました。(怖い)
ちなみに、緑は中国でのオフィシャルカラーのようです。
一つ一つ表情が違うとされる兵馬俑が、整然と並んでる様子は、
さすが、中国を統一した始皇帝の墓守だけのことはあるって感じがします。
ただ、いまだ復元中の模様。
壊れた兵馬俑の修復作業とか、未だしているようですから。
現代進行形の遺跡でした。
ちなみに、兵馬俑にも身分があるそうで。
冠は、かぶってる方がかぶってないのより、身分が上。
鎧は、よりきめの細かい鎧を着ている方が、身分が上。
履き物は、つま先の反り返りがより大きい方が身分が上。
だそうです。(ガイドの話による。)
あと、「馬」の兵馬俑もありまして、これを見てみると、
今日本によくいるサラブレッドとは違うのが一目瞭然なんですね。
どちらかっていうと、道産子って感じ。北海道の馬。
短足でがっちりした感じの馬でした。
漢民族は、昔から長身の民族であるといわれてまして、
(有名な諸葛孔明でも身長180センチ強ですから。)
その長身の民族に、背の低い馬。
取り合わせが、ユニークでよかったです。イメージするだけで楽しい。
第3号兵馬俑かな?
司令部が、発掘されたようです。
ここだけ、唯一、兵馬俑がいろいろな方向を向いているそうです。
他の兵馬俑は、侵略してくる敵に備えて、一方向を向いているので。
あと、占い用の鹿の角とかが、ここから出てきたそうです。
博物館付属のお土産屋さんでは、兵馬俑発見者の楊って言うおじいさんが、
サイン会をしてました。(常設みたい)
兵馬俑に関する本を買えば、サインがしてもらえるようです。
(ちゅうか、うちも買いました・・・。記念やし。(笑))
ただ、見せ物になってるって感じもして、少しかわいそうでした。
政府から、生活は保証されているんでしょうが・・・。
普通に見ると、ただの山ですね。(笑)
バスの車窓からの見学で、遠目に見ただけです。
知ってるから、皇帝の墓に見えるだけで。
日本の古墳と同じですね。
世界文化遺産に登録申請中とか。
陵内は、侵入者を防ぐいろいろな仕掛けがあるようで、
古代の支配者の墓としては、珍しく盗掘に遭っていない墓だそうです。
日本の技術者と共同で近々、古墳の発掘が行われるみたい。
なんか、楽しい物が出てくることを祈ります。(笑)
中国の歴史を、遺物と共になぞってみることができます。
できれば、一日かけて見て回りたいところ。
ツアーの悲しさで、1時間弱しか時間がもらえない。
(もちろん、集合時刻に遅刻しました。基本。負けてられん。
ちゅうか、今回の旅、うちの家族集合時間に遅れすぎ。知ったことじゃないけど)
一つ一つあげていくと、容量オーバーしちゃいそうなので・・・。
ただ、三国時代の遺物が少なかったのが残念。
古代とか、隋、唐代のは、かなりありました。
本当に、歴史好きの人にはたまらん博物館です。
是非是非、西安に行かれた際は、「陳西省博物院」をどうぞ。
説明書きも、中国語と英語があったと思いますので。
なんとか、読めると思います。
ちゅうか、日本人なら、感じからの類推ができるからおもしろい。
甲骨文を、解読してる気分です。(笑)
飛行機で西安から上海へ。
着いたのは、夜。
中国で経済的にもっとも発達している街、上海。
都会ですねぇ。
ガイタンってところ(上海の銀行街)で、最後の観光。記念撮影。
ライトアップがすごい。
土曜日ということもあってか、すごい人通り。
記念撮影の時、中国人が勝手に紛れ込んでくるのがおもろい。
なに食わぬ顔で、集合写真に入ってくる。(笑)ええ根性してるわ。あいつら。
ガイドが、にらみを利かせて追い払う。
僕としては、一緒に取りたかってんけど・・・。
ただ、ここは、中国じゃないと見られないっていう景色じゃないから。
なんていうんやろ、大都市に行けば見られる景色っていうか。
極端な話、香港とどこがちゃうの?って感じですね。
故宮とかみたいな、中国らしさ?がありませんでした。
中国らしさっていうこと自体が、日本人の驕りなのかも知れないけど・・・。
「別にここじゃなくても」って感じたのは確かです。
きれいなことは、きれいねんで。そこのところはお間違えなく。
買い物 編
為替相場:中国元1元=15円くらい。
お金の価値の基準。中国の公務員の給料が月、日本円で5000〜10000円らしい。
つまり、日本で一般的に月給っていえば、20万円くらいなので、
日本と中国では、およそ20〜40倍の差があると考えればよい。
実感では、40倍ってのは言い過ぎのような気がします。(笑)
たぶん、20倍ってのがいい線の気がします。
だから、千円っていうのは、中国でいうと一般的な公務員の一ヶ月分の給料の
およそ、1/5から1/10くらいの価値がある。
日本で考えるのなら、大体2万円から4万円くらい。
現地で、「千円」って声をかけられたのなら、「2万円か」って考えて、
判断するようにして下さい。日本での1000円って考えると、
かなり安く感じて、ついつい買っちゃいますので。(笑)ご注意を。
店にはいると、速攻でよってきます。
品にちょっとでも目を留めると、「コレ安いです」って、いきなり売りつけてきます。
しかも、店が空いてると客一人に店員3〜4人くらい付いてくる・・・。
とても落ち着いて見てられません。
値段どれくらいかな?って値札を見ると、すかさず値を下げて、買わそうとする。
下げる値段ならそもそも値札に付けるな!!(真剣に思う)
とにかく片言で、喋りまくって来るんですわ。
父の談。
「落ち着いて見させてくれたら、買う気もおこるのに、
ああも寄ってこられたら、買う気、無くなるわ・・・。」
店員に寄ってこられるのに慣れてないと、確かに辛いです。
好きなのを買えばいいんですけどね。(笑)
ただ、注意しないといけないのは、やっぱ、パチモンが多いってことでしょうね。
あと、中国では買った後のアフターケアは、ありませんので。
パチモンとか、壊れ物(傷品)を買ったやつが悪くなりますので。
せっかく旅行で、楽しい買い物なんですから、嫌な思い出にしないためにも、
十分品物を見てから、買うことにしましょう。
ただ、見てる間、ずーーっと店員に付きまとわれちゃいますが。(笑)
見れば見るほど店員は、
「この客買ってくれるな」
って思って、どんどん話しかけてきますので。
気にせず、じっくり品定めしましょう。
さて、買いたい品が決まったのなら、楽しい楽しい値切り交渉に入ります。
店員に日本人だとばれてるでしょうから、せいぜい値札の6割くらいが限度でしょう。
店員に、「いくら?」って聞くと、値札の5%〜10%引きを提示してきます。
日本での感覚でいうと、「あ、結構まけてもらった」って気になるでしょ?(笑)
けど、それじゃぁダメなんですね。
こちらが提示する額は、大体値札の6割〜7割くらいでしょうか。
それより下の額をいうと、「他の日本人に売った方がいいや」ってなって、
店員に相手にされなくなるので・・・。(この辺、定価を知ってる中国人の方が有利)
こちらが言った値段で、向こうがちゃんと交渉に応じてくれれば、
十中八九、その値段で買うことができるでしょう。
ただ、かなり粘って粘って交渉しないといけないんですけど・・・。
店員としても、少しでも高い値で売りたいので、かなり渋ります。
こっちも、腰を据えて頑張りましょう!!
じゃ、具体的に例をあげて、見てみましょうか。
家へのお土産で、北京特産の「景泰藍」。(七宝焼きみたいなやつ)
値札表示1080元(当時のレートで15000円強の品)。
店員が最初に提示した額、13000円くらい。
こっちの言い値。8000円。
(僕としては、8000円も高いなぁ、って思ったけど、親の買い物なので、
交渉に援護射撃をしつつ、見守る。)
店員「ジャ、1万円デ、イイデス。」
「8000円。」
(店員、電卓で8000円をレート計算して、
とてもダメだといわんばかりに頭を振る。)
店員「コレ、イイ品デス。10000万円安イデス。」
「8000円。」
店員「コレ、イチマンエン以下、無理デス。」
「ガイドさん、8000円やって言うてたで。」(当然の如く、大阪弁。)
店員「イエ、8000円、絶対無理です。」
「そんなん言うたって、ガイドさんが8000円やって言ってたで。」
この店員の値下げの範疇を越えていたみたいで、責任者の方へ聞きに行く。
(どうも、店員の格によって、値下げの限度が決められてるみたい。当たり前やけど。)
しばらく、向こうの方で相談してる。
(その間にこっちも、電卓でレート計算。日本円で交渉してるのに、払いは中国元。)
店員帰ってきて、「ジャ、9500円でドウデスカ?」と。
どうも、日本人相手に8000円出うる気はないらしい・・・。
仕方なく、妥協案。
「じゃ、お互いの中をとって、9000円で。」
店員渋る。(もう、心の中では商談成立って思ってるはず)
店員「イヤ、9500円で。」
「ええやん、ええやん、こっちも譲ってるねんから。9000円、決まり!!」」
結局、9000円で商談成立と相成りました。
ちなみに、中国元で払いましたので、9000/14(当時のレート)で、
642元。端数切り捨ての640元でした。(ここでもちょっと得。)
後から考えたら、8000円も通った気がするんですが、
しんどかった気もするし・・・。実際僕の中で、結論出てません。
で、この具体例から分かること。
1.店員によって、値下げの限界に差がある。
2.「日本人にはこれくらいで売れる」ってのを、店員がよく知ってる。(情報の偏り)
3.日本人は、その商品の定価(他の場所での値段)を知らない。(同じく、情報の偏り)
4.店員は、一円でも高く売ろうとする。(当たり前やけど)
5.商談成立の直前に、ワンクッション入れてくる。
つまり、9000円で、店員も納得してるんやけど、一応9500円って言ってみる。
(間違って、日本人がOKしてくれたら、500円得やから。)
このワンクッション作戦、他のところでもみました。
これは、ツアーで一緒だったおばちゃんの買い物の様子。(無断表示。連絡取りようないし。)
掛け軸を、買うみたい。
店員「この掛け軸、8000円だけど、私、ここの責任者。6000円でイイよ。」
おばちゃん「4000円。」
店員「じゃ、5000円。」
おばちゃん「4000円。」
店員、既に掛け軸を包みつつ「4500」。(←ワンクッション作戦)
おばちゃん「4000円。」
はい、商談成立となりました。(笑)
もし、買い物慣れてないと4500円の時に、「OK」だしちゃいそうにならへん?
ほんと、この売り方すごいと思う。
ただ、僕の意見やけど、この掛け軸絶対もっと安く買えたはず。
あまりに交渉が短かったし。
たぶん、2000〜3000円でも、店に十分の収入があったんとちゃうかなぁ?
ま、買い手のおばちゃんが、満足してはったからいいねんけど。(笑)
値切り交渉の番外編です。(笑)
実感としてあるんですが、ツアー客として買い物する際、
出発のギリギリが値切りの最高の時間です。
大概、日本人が買う品物ってのは同じで、ある品物を他のお客さんが値切って
その価格から商談が始められるので、実は後の方が得なんですよ。買うのなら。
これは、妹が買ったお土産の話。
一つ1000円の置物がありました。
で、他のお客さんが頑張ってくれて、3つを2000円にしてくれました。
うちは、そこから交渉を始められるわけです。
結局、5つ2000円。おまけに「まごのて」ひとつ。
最初5つ2000円は、ダメだって言ってたのであきらめてバスに戻ろうとしたら、
引き留められて、
「他のお客さん、3つを2000円で買ってもらったから、
絶対、内緒にして下さいね。」(もちろん片言)
っていって、5つ2000円で譲ってもらいました。
他のお店でも、何度か「内緒ですよ」って言われたし。
いくつ、中国人との間に「内緒」を作ったことか・・・。(笑)
結局、売ったモン勝ちなんでしょうね。
結論。中国の品物って、一体いくらが正価なん?(いまだわからん)
以上のように、ツアー旅行で見聞きした中国のことを書いてきたわけですが、 観光地でじっくり物を見たり、店でじっくり値切ったりしてましたおかげで、 何度か集合時間に遅れたりもいたしました。 おそらく、旅でお世話になった方々が、このHPを見られることは無いでしょうが、 この場を借りて、お詫び申し上げます。 万が一、旅の同行者の方がこれを見られることがありましたら、是非ご一報下さい。 旅の思い出を語り合いましょう!!(笑) この旅行記が、中国を旅する人の参考になることができることを祈りつつ。 |